会社設立前、コンピューターのインストラクターとしてパソコン教育で全国を飛び回っていた谷脇社長。初めての登壇で緊張する中で、上司から「誰に対しても、まずは大好きから入ってください。そう思えば必ず想いは伝わります」とアドバイスされました。「初めましては大好きから」。この言葉を心に刻んで、良好なコミュニケーションを心がけるようになりました。
そんな中、コンピューター事業の立ち上げを相談され、関西支社の責任者を任されました。お客さんもいない中、自宅にある一台の電話だけで飛び込み営業を始めます。営業をする中で、WEBサイト制作の相談を受けました。最初は経験もなかったため断ろうとしましたが、これまで培ってきたコミュニケーション力でなんとか依頼できる協力会社を見つけ引き受けることに。1週間後にできたデザインは素晴らしいものでした。そんな体験から、ものを作る感動を知りWEB制作事業を始めました。

WEB制作事業で成長した関西支社。しかし本社とは意見が合わず、「独立しましょう!」という声が出るようになりました。
「指図されず自分たちのやりたいことを貫きたい!」というメンバーたちの声に、背中を押された谷脇社長が代表となり、東京本社の社長に独立の意思を伝えました。本社ではなく関西支社で主体となって独立したこの出来事は、「逆アポロ計画」という名で今でも語り継がれています。
関西支社としての最後の仕事が終わり、メンバーから「今までありがとうございます。明日からもよろしくお願いします」と言われ花束を受け取ったとき、みんなの想いを実感し涙が溢れました。こうして、谷脇社長の社長人生と新会社「アントアント」がスタートします。
アントアントは、5人でスタート。9坪の狭いオフィスは、酸素が足りなく感じるほどでした。受託開発の仕事を減らし、誰でもホームページを作成できる自社サービスの開発に時間を割くことにしました。
サービス開発は苦労の連続でした。パソコン教育のインストラクターからスタートした谷脇社長は、初心者の気持ちを誰よりも理解していました。だからこそ、サービス開発にあたりエンジニアの出してくるものに対して「これじゃあユーザーには伝わらない」というフィードバックを何度も繰り返しました。谷脇社長にとってはそれほど、ユーザーが使いやすいものにしたいという思いは譲れませんでした。
サービス開発は順調に進む一方で、会社はいつ潰れてもおかしくない状態が続きます。谷脇社長は不安な気持ちでいっぱいでした。そんなある日、ユーザーから一通のメールが届きました。
メールには「今までの自分の苦労はなんだったんだと感じるくらい、簡単にホームページを作れました!このサービスはこれからの日本を変えると思います」と感動の言葉が綴られていました。
これでよかったんだ、サービスは役に立っていたんだ。自分たちの思いは間違っていなかったと実感できた谷脇社長は、嬉しさのあまりオフィスで一人号泣しました。そして創業から7年。ついにアントアントは念願の黒字を達成することができました。
アントアントは10年間、総勢7名のメンバーでずっと走り続けてきました。また、サービスを気に入った代理店がパートナーとして販売をサポートしていました。
10周年のパーティーでは、100社の代理店が一堂に集まりました。谷脇社長は感謝をこめてサプライズで映像を制作しました。その映像を見た社員・代理店のメンバーも感動し、素晴らしい会だったと言ってくれました。アントアントは、社員や協力会社などたくさんの方々の想いで成長することができたのです。
10周年を区切りに、谷脇社長はこれから採用を強化し多くの仲間を迎え入れ、次のステージへと進める覚悟を決めました。
コロナ禍に入り多くの企業が経営の危機に直面する中、アントアントの契約数は中小企業を中心に増えていきました。これまでの営業や宣伝が難しくなる中、多くの企業がデジタルを強化するためにホームページの充実を図ったのです。この動きは、アントアントにとって大きなビジネスチャンスとなりました。
この状況の中で、谷脇社長は改めて自分たちの仕事がどれだけ必要とされているのかを強く実感し、多くの企業にとって欠かせないサービスとしてこれからも提供し続けて行こうと決意します。
「最高を創る人になる」と、胸に刻みながら。
取締役開発部長 竹内 久泰
2026年1月12日 永眠
ant2 CMSの開発をスタートしたのは2007年。
それから長い年月をかけてant2 CMSは今も成長し続けています。
そのant2 CMSを開発したのが当時の開発担当である竹内久泰です。
彼を無くしてant2 CMSは語れませんが道半ばで逝ってしまいました。
竹内 久泰と言う最高な開発者がこれまでに残してくれた偉大な業績に感謝を込めてここに記します。
竹内とは1999年に出会いました。
アントアントの前形である会社の創業期に、知り合いからの紹介でWEBサイト制作担当として入社しました。
最初はデザイン制作をメインで担当していましたが趣味レベルで行っていた開発スキルが芽を出し、
いつしか開発の仕事も受注できるようになりました。
それから開発の仕事も多くなりましたが創業間もない時期を生き残っていくためには、
いただける仕事はひたすら引き受けなければならずそのほとんどを竹内が一人でこなしていました。
いわゆる天才プログラマーと呼ばれる存在でしたが正しい開発スキルを学んだ経験も無く全てが独学で、
陰ではきっと日々スキルアップの努力をしていて、
でも仕事は短納期ローコストでどんどん依頼が入るので辛さも顔に出さずひたすらシステムを作り続けていました。
開発経験の無い私はその大変さに気づけず、「大丈夫!行けます。」と言う彼に全てを任せていましたが、
会社の未来のために開発業務を一人で背負い責任と言う重圧がどれだけ大変だったことかと思います。
その苦節の時代を超えてアントアント設立となり下請けではなく自分たちのサービスを持とうと、それまで作りためたスキルを結集してant2CMSは誕生しました。リリースからの数年間は本当に厳しい時代でしたがこのサービスはきっと人々の役に立つはず!
いつか日本一のサービスにして国家予算ほどの売上を目指そう!と竹内と大きな夢を語っていました。
それからこれまで開発総責任者の立場でがんばってくれていましたが、これまで長年うまく行かなかった開発チームの立ち上げがようやく叶い、やっと竹内もチームメンバーと楽しんで開発業務ができる矢先でした。
それが間に合わせられなかったことが悔やまれ本当に無念でなりません。
竹内と約27年間共に進んできた日々の思い出は多すぎて今も現実感が無く、どこかで毎日開発を続けてるんじゃないかとも思います。
でも、アントアントはこれからも続きますし、竹内の分までとがんばってくれているメンバーを思うと落ち込んではいられず、語っていた「いつか日本一のサービスにする!」を必ず実現するため、メンバー一丸となり進み続けて行きます。
2026年1月
谷脇 とし子